Wayuan和悠庵について

 

1点1点手作業で作り上げるジュエリーやアクセサリー、インテリア小物。
<Wayuan 和悠庵>の商品は、伝統的工芸品「尾張仏具」の錺(かざり)金具を手掛けるノヨリが、伝統技法に用いられる技術を活かし制作しています。

300年以上の歴史がある「尾張仏具」ですが、ライフスタイルの変化で仏壇・宗教離れが起こり、仏具の需要が減少、職人も激減、伝統技術の継承が危ぶまれています。

特に私達の製造する仏具は寺院用のため、近くで見てもらえる機会がありません。

技術をどう後世へ残すかを考え、一般の方に仏具を身近に感じていただけるように、2019年に “和の悠久を願う”<Wayuan 和悠庵>を立ち上げました。

 

 ”職人の匠な手しごとを め・て・こころ で感じる"

 

1.思い・祈りを込めて

錺金具には和柄に象徴されるように、人々の幸せや平和への思いや祈りが込められています。

“大切に長く使ってもらいたい”という思いから、例え目につかない細部でも丁寧に仕上げるのがノヨリスタンダード。

 

2.匠の技

伝統的工芸品「尾張仏具」の伝統工芸士が創る至極の逸品。

機械にはどうしても出せない“温かさ”は、手作業だからこそ表現できます。

 

3.伝統技術のモダナイズ

現代のニーズに合わせた伝統技術の“今のカタチ”を常に模索。

仏具の錺金具以外の技術も積極的に学び活かすことで「伝統・和・モダン」を融合、プロダクトに落とし込みます。

2020年 【nanako】『名古屋匠土産』選出
2021年 【nanako】『名古屋市ふるさと寄付金返礼品』選出
2021年 【nanako】『全国伝統的工芸品公募展』入選
2022年 『愛知県SDGs登録企業』認定

 

 

 

野依克彦– Katsuhiko Noyori

伝統的工芸品「尾張仏具」錺金具師 伝統工芸士

1966年名古屋市生まれ、中京大学体育学部卒業後、家業の神仏具装飾金具製造を後継する。従来の手作業での制作の中に図面作成ソフトCADやNC彫刻機などの最新技術も導入。また、仏具以外の鍛金、象嵌や七宝などの金工技術も学び多種多様で高度な技術を身につけ、名古屋城本丸御殿の錺金具をはじめ、全国の本山・有名寺院や、山車などの祭礼具の錺金具を手掛けている。近年は、「和悠庵」として、その技術を活かしたアクセサリーやインテリア小物も製造販売している。

1988年 2代目を後継すべく錺金具師になる
2005年 『東海伝統工芸展』入選(以後4回)
2005年 全国伝統的工芸品展』入選(以後2回)
2006年 伝統工芸日本金工展』入選(以後2回)
2010年 代表取締役に就任
2014年 「尾張仏具技術保存会」発足 初代会長就任
2014年 名古屋城本丸御殿 復元工事に参加
2019年 アクセサリー販売部門として「和悠庵」の立ち上げ
2020年 『伝統工芸士』認定
2020年 『優秀技能者・後継者育成』表彰

 

 

 

野依祐月– Yuzuki Noyori

伝統的工芸品「尾張仏具」錺金具師

祖父、父に継ぐ三代目。1991年名古屋市生まれ。父と同じ、橘小学校・中京大学体育学部卒業。錺金具に用いられる技術を時代に合ったカタチにすべく、学校に通い、ジュエリーを学んでいる。

2021年 3代目を後継すべく錺金具師になる
2021年 販売部門「和悠庵」を改名 「Wayuan和悠庵」へ
2022年 日本宝飾クラフト学院 名古屋校 入学(在学中)
2022年 「NAGOYA CONECT」登壇
2023年 『ジュエリーブランドスタートアップ支援プロジェクト』選出
2023年 「ナゴヤ100人カイギ」登壇
2023年 『BeautyJapan中日本大会ファイナリスト』選出
2023年 「100人カイギ」登壇
2023年 日本ジュエリーアカデミー 入学(在学中)
2023年 『Otonami AWARD 2023』受賞

 

 

尾張仏具について

 

尾張仏具とは、愛知県名古屋市を中心に製造される日本の伝統的工芸品のひとつです。

木製漆塗製品が中心で、細分化された多種多様な技術・技法で様々な仏具に対応できるのが特徴で、その中で木魚と丸金台の生産を行っているのは、日本全国でもここ尾張地区だけです。

1609年名古屋城築城を契機として城下町の南端、大須・橘町周辺に寺院を集中させる「南寺町」が形成され、その寺院の建造に携わった宮大工(神社、寺院を専門に作る大工)がのちに転身し仏具作りが始まりました。

良質な木曽檜が木曽川を下り名古屋に集められたことから木製漆塗り仏具づくりの基盤が形成され、江戸時代後期(1800年頃)には下級武士の内職として仏具づくりが発達し、多種多様な製品が大量に作られるようになりました。

明治期(1800年後半)以降は、専門性の高い技術が分業化され、より量産性が増し、品質良好と称され全国に商品販売され1900年後半にはピークを迎え、今もなお多く職人が技術を継承する京都と並ぶ仏具の一大産地です。